心の鉦を打ち鳴らし

心の赴くままに過ごす ささやかな悦楽の日々

心の鉦を打ち鳴らし
心の赴くままに過ごす ささやかな悦楽の日々


喫茶去

「先生、オッス!」
「どなたかな」
「わたしです。花子です。お久しぶりです」
「あの花子君?」
「オッス!」
「そのオッスというのはやめなさい。しかも柔道着なんか着て」
「これ空手着です。わたし、空手を始めたんです」
「空手を? なんとまあ」
「あら、空手もお茶も和のたしなみですよ」
「着物姿にはひっつめ髪が似合っていましたが、そんななりでは野蛮に見えるだけです」
「この髪型、シニヨンというんです」
「私はニコヨンだけどね」
「なんですか、ニコヨンって」
「日雇い労働者のことです」
「お仕事決まったのですか?」
「派遣というやつです。気が向いた時に、やりたい仕事だけをやる」
「派遣会社に登録されたのですね。で、どんなお仕事ですか?」
「まだやってない」
「ふうん。でもお家元なら、お茶の仕事があるでしょう。茶道教室を開かなくても、カルチャ-スクールなどでご指導されるとか」
「教えるのは大変だからね。もうあまり頑張りたくないというのが正直なところです。あと何年かすれば年金がもらえるし」
「そんなことをおっしゃってると老け込んでしまいますよ。お家元はまだまだお若くていらっしゃるではないですか」
「そうかい? 花子君、その気にさせてはいけないよ。ボクだってまだ男なんだから」
「そういうことではありません」
「・・・」
「あ、和尚さんが来た」
「喝!」
「相変わらず元気だね」
「そこもと、いやにしおたれておるな。心に迷いがあるか」
「和尚みたいに迷いがない奴はいいね」
「拙僧が日々こうして安心立命あんしんりつめいの境地で揺るがぬのは、み仏の教えと慈悲によるものなり。日日是好日にちにちこれこうにち
「始まった」
「人の一生は修行である。この世の無常を正しく観ずることなく、いたずらに意気消沈し無為に時を過ごすは罪業なり。ときに花子君。その道着は?」
「空手着です。わたし、空手を始めたんです。オッス!」
「それでこそ大和撫子。そこもとも見習え」
「花子君は若いからねえ。私みたいのが今から何か始めても…」
「何かを始めるのに遅きに失するということはない。人の一生は修行である」
「やったって大して身につかないよ」
「そういうことではない。新しい何かを始めるということに意味があるのだ。そうすることで魂は若々しさを保ち、人はいつまでも輝くのだ」
「和尚の頭も光ってるしね」
「生きるとは歩みを止めないこと。そうやって精進を重ねることが仏道であり、修行なのだ」
「なんだか疲れるね。息抜きも必要だよ」
「まあそうだな」
「うちの近所にロシアンパブができたんだけど、今から行ってみないかね」
「いいね。茶の湯と禅で金髪美女を口説いちゃおうか。ハラショー!」
「では花子君。ごきげんよう
「今日はなんだか仲がいいですね、いつものあの威勢のいい文句はないんですか?」
かつ…」
ぶれいもの…」
 

銀座でデカルトを我思う

 銀座の松屋与勇輝展を観たあと、銀座通りを日本橋まで歩いた。
 銀座通りには何本もの細い脇道が交差しているが、それらの通りのいくつかに桜並木がある。東京の桜は例年にないポカポカ陽気で、数日前にすでに満開になっていた。銀行と思われる石造りのいかめしい建物にも、桜は思いのほか映えていた。観光客でも外国人でもなさそうだが、スマホで写真を撮っている人も多く見受けられた。
 ちょうどお昼時で、歩道には大勢のサラリーマンやOLが歩いていた。行き交う彼らに「銀座」を感じるのはそこが銀座だからだ、というのはミもフタもない言い方か。

 しかし、あのやたらと大きなビル群はいったい何なのか。
 会社勤めを辞めてから都心にはさらに出なくなっていた。以前はそれほど驚くこともなかったが、今回久しぶりに銀座から日本橋を歩いてみて、建ち並ぶビルの大きさに目をみはった。
 ビルが建て替えられたりして街並みが少し変わったようにも思われる。
 松坂屋銀座店のあったところには、GINZA SIX という、配送センターのような無機質の外観の商業施設ができていた。デパートではないだろう。以前パルコをデパートと言って笑われたことがある。
 あとで聞いた唯一の口コミ情報は、あんなところでコーヒーなんか飲むものではない、というものだ。カフェもあるようだが、かなりお高いのか。その人はきっと、ショッピングの資金をコーヒー1杯で使い果たしたのだろう。
 ワシントン靴店ユニクロになっていた。うちの近所の庶民的なユニクロと比べると、規模はもちろんだが雰囲気が大分違う。客の8割方は東洋人だが、その多くが日本人ではなさそうだ。
 そこのガイジンさん、ソファーを占領して商品を広げてはいけません。
 やたら大きなシャネルやティファニーやブルガリは以前からあっただろうか。あってもなくても行かないけど。
 それらのブランドのビルはどれもかなりデカいが、自社の商品だけであの大きさなのだろうか。なんだか使われていない結婚式場みたいだ。
 すすめられたコレドがわからず、ビルの間をウロウロする。誰かに聞こうかしら…。
 スマホで調べたら、コレド日本橋コレド室町があることがわかった。それでも場所がわからず、キョロキョロと周囲を見上げながら歩き回った。まるでおのぼりさんだ。

 日本橋高島屋の隣にひときわ高いビルが建設されていた。はるかてっぺんに数基のクレーンが見える。完成したら何になるのだろう。こんな巨大な建造物は絶えて見たことがないような気がする。
 肉眼では見えないが、クレーンにも人が乗っているのだろう。小さな小さな人間が、よくもこんな身の丈に合わないものを作るものだと思う。これは改めて考えてみると驚くべきことだ。それを可能にしているのが技術というものだろう。厳密に言えば技術の蓄積というものだろう。
 テクノロジーは蓄積が可能だ。それに対して人間の精神はどうか。
我思う、ゆえに我あり」のデカルトは、すべてを疑ってみることで、物事を最初から考え直した人と言われる。
 だが、人はそうすることでしか成長できないだろう。自分の頭で考えてみなければ、哲学も思想も人生論も、単なる知識にしか過ぎない。そういった先人の智恵を既定事実として、そこからいきなり出発しても、いずれ壁に突き当たるはずだ。
 人は精神面においては誰もがゼロからスタートするのだ。人の精神が長い歴史を経てもあまり進歩しないのはこのためかもしれない。
 すべてを最初から考えてみるというのは、とても骨の折れる作業だ。しかし時には必要な作業だ。建設中の高層ビルを見上げながらそんなことを考えた。たまに東京見物をするとこんな発見もある。

 お昼はコレド室町にある日本橋だし●●場「はなれ」で、一汁三菜の和食を食べる。だしのにんべんの直営店で、人気店らしく30分ほど待たされた。
 だが、料理はさすがににんべんだ。だしの旨味、というより香味がなんとも言えない。
 あの千疋屋でデザートを食べようかと、店の前のメニューを見たら、お昼の食事より高い! でもせっかくだからと店に入ったら、予約で一杯だったのであっさりあきらめる。
 聞くところによると、千疋屋のバナナは1本数百円もするらしい。バナナは5本98円のしか食べたことがないぞ。
 

与勇輝展にて

 銀座の松屋で開催されている人形作家、与勇輝(あたえ・ゆうき)氏の展覧会に行く。
 と言っても、特に観たかったというわけではない。
 妻が以前、氏の門下生の人形制作教室に通っていた。先日の夕刊に、氏の展覧会の広告が出たのだが、教えてやったところ行くと言い出した。たまたま有休を取っていたらしい。べつに用事もないので一緒について行くことにしたのだ。
 氏の展覧会に(ついて)行くのはこれが2度目で、今回はパリでの個展と傘寿を記念しての展覧会なのだそうだ。

 平日の午前だったが、デパートの会場はすでに人で一杯だった。ほとんどが年配の女性で、みな身を乗り出して熱心に見入っている。男は数えるほどしか見当たらず、どことなく手持無沙汰だ。やはりついてきた連れ合いなのだろう。

 氏は古い布の端切はぎれを用いて、着物姿の子供の人形を数多く制作している。童謡や昔話に出てくるような子供だ。モチーフや作風は素朴で、フランス人形のような緻密な造形ではないが、手の指などを見ると細かい手作業で作られていることがわかる。
 妻によると、手は手袋を作るように、小さな指をきちんと5本縫い合わせ、縫い目が出ないように裏表をひっくり返すのだという。

 素材の布の効果もあり、それらの人形は柔らかさやノスタルジーを感じさせる。しかし、女性の多くが感嘆するような感情移入はできなかった。作者の与氏との間にも距離を感じた。作者が女性なら違和感はそれほどでもなかったかもしれないが、このような純朴な創作が可能なのは、氏の心の内奥に童心があるからだろう。何者からも侵されることのない強固な童心だ。子供のような心がなければ、そして強い意思がなければ、これらの人形は生まれなかったに違いない。

 以前、人形を作る妻の真似事をして、子供の頭だけを作ってみたことがある。粘土で形を整えて表情を作るのだが、与氏の人形は笑っていない。人形でもいつも笑っていると疲れるでしょう、と教えられたそうなのだが、無表情にするのが意外に難しい。人形=子供=可愛い=笑顔という発想から自由になれない。少なくとも何かしらの表情をつけずにはいられないのだ。それも抑制のきいたほどほどの表情ではなく、誰が見ても明瞭なわかりやすい表情だ。だから口角をぐいと横に引いて笑わせてみた。おでことほっぺたは少し膨らませ、目は切れ長にした。
 さんざんいじくり回してできあがったのは、可愛げのまったくない、不敵に笑う、見るからに小生意気な小僧だった。宇宙人のようにも見える。

 人形の数々を見て回っていると、控室から与氏本人が現れ、広告にはなかったサイン会が始まった。穏やかで優しそうな風貌だった。妻は図録にサインをもらい、握手をしてもらった。
 

『宇宙に命はあるのか』

『宇宙に命はあるのか』を読む。
 この本は、これまでの宇宙探査の歴史と、地球外生命探査の最前線を綴ったノンフィクションで、一部小説のような体裁をとっている。
 著者はNASAの研究機関で火星探査ロボットの開発に当たっている小野雅裕氏。まだ30代半ばの研究者だ。
 氏によると、太陽系を含む銀河系には数千億の惑星が存在し、さらに宇宙には数千億の銀河が存在するという。だから地球人よりはるかに高度な文明を持つ宇宙人は「いないはずはない」と。
 ではなぜそんな宇宙人は地球を訪れず、何らかのメッセージをも送ってこないのか。
 その理由として、宇宙人は電波以外の方法で交信している、我々が見逃している、宇宙に存在するのは内向きな文明ばかりだから、地球が危険だから、地球が平凡すぎるから、地球文明があまりにも原始的なため保護の対象になっている、などの可能性を挙げたうえで、氏はこう語る。

「だが、ここに宇宙の絶妙な自己調節機能があるのかもしれない。自らを滅ぼしてしまうほど愚かな、あるいは好戦的な文明は、他文明に接触する前に自壊するが故に、宇宙の安定が保たれているのかもしれない。そしてそれが宇宙から地球に侵略者が来ていない理由かもしれないし、また来ることを心配しなくてもいい理由かもしれない。
 そして、宇宙人からのメッセージが届かない理由は、もしかしたらここにあるのかもしれない。夜空に二つの流れ星が同時に流れることが稀なように、文明は生まれてもすぐに自壊してしまうため、銀河に二つの文明が同時に存在することはごく稀なのかもしれない。銀河系は滅びた文明の残骸であふれているのかもしれない」

 映画『スターウォーズ』は、「遠い昔、はるか彼方の銀河系で」のフレーズで始まる。
 映画には二つの文明どころか、多種多様な文明が登場する。もし映画のような宇宙の文明が実際にあったとすれば、それらの文明の多くは、あるいはすべては、「遠い昔」にすでに滅びてしまったのかもしれない。「残骸」は発見されていないので、跡形もなく消滅してしまったのかもしれない。そしてそれから何万年か何億年かあとに、何もないところに地球が誕生して人類が栄え、現在の文明を作り上げたということか。だが、この文明も人類も地球も、いずれは滅びてなくなるのだろう。
 こう考えてゆくと、人間の存在というものがいかにもはかなくて、人間の営みのすべてが徒労に過ぎないように思えてくる。すべては宇宙の無に帰すという究極の諦観は、仏教の無常観などの、人間が考え出した思想をたやすく超えるように思われる。その宇宙すら永遠に存在するものではなく、いつかは終焉を迎えるという理論もある。
 こんな認識を突きつめると人は生きる力や方向性を失うが、それでもなんとか生きているのは、今この時を生きてゆかなければならないからだ。

 人類の未来について、小野氏はこう語る。
「だが、滅びは人類の定めではない。人類は賢くなれる。人類は未来を変える力を持っている。そう僕は信じている」
 そして人類はいつの日か、銀河に散らばる高度な文明と接触し、ホモ・サピエンスからホモ・アストロルム、宇宙の人へと、「爆発的かつ非連続的な変化」を遂げるという。ずっと先の未来のこととは言え、いたずらに悲観することはないのかもしれない。

 1977年に打ち上げられたNASAの惑星探査機ボイジャー1号は、35年後の2012年8月25日に、人工物として史上初めて太陽系を脱出し、星間空間に入ったという。同時期に打ち上げられた2号も、数年ほどで太陽系の外に出るそうだ。
 1号には「宇宙人への手紙」としてレコードが搭載された。そこには地球上のさまざまな音や55種類の言語による挨拶、写真、イラストなどとともに、古今の音楽27曲が収録されているそうだ。だが、収録されてしかるべきビートルズは、レコード会社の権利問題で承認されなかったという。ホモ・サピエンスにとっては宇宙より著作権が大事ということか。
 日本からは、人間国宝の尺八奏者、山口五郎の『巣鶴鈴慕そうかくれいぼ』という曲が収められているそうだ。

 ボイジャーは今この時も、地球から約210億kmの宇宙空間を、秒速約17kmで飛行しているそうだ。次に星に近づくのはおよそ4万年後になるという。しかし「近づく」とは言っても、グリーゼ445という星から約1.6光年、つまり約15兆kmの距離を通過するそうだ。まさに天文学的数字だ。想像がつかない。
 ボイジャーからは今何が見えるのだろう。この本のキーワードでもあるイマジネーションが刺激されてやまない。
 

愛する人たちの眼差し

 宇宙物理学者のホーキング博士が亡くなった。
 博士はかつて、「宇宙は、愛する人たちがそこにいなければ大した意味はない」と語ったという。「愛する人たち」を死者とみなせば、霊魂や死後の世界の存在を認めていたとも取れる発言だ。
 
 博士のような考えを持つ者にとって、人間は決して孤独な存在ではない。この世に生きている間も、死して肉体が滅んだあとも、人間は常に「愛する人たち」に見守られ、あるいはともにある。そういう認識は慰藉に違いない。死の恐怖もいくらかは減ずることができるだろう。

 しかし、霊魂や死後の世界の存在を確かめることはできない。むしろそれらは宗教が作り出したものではないだろうか。つまり人間が作りあげた幻影だ。ホーキング博士も、最初に引用した言葉とは裏腹に、死後の世界の存在には否定的な見方をしている。
 それでも、そんな目に見えないものを完全に否定できないのは、人間が弱い存在だからだろう。

 博士の「愛する人たち」は西欧的な言い回しだ。これを日本の仏教的な表現に置き換えると「ご先祖様」となるだろう。
「ご先祖様」はどんな人間をも温かく見守り、迎えてくれるだろうか。
 今日は春分の日、春の彼岸だ。