心の鉦を打ち鳴らし

心の赴くままに過ごす ささやかな悦楽の日々

心の鉦を打ち鳴らし
心の赴くままに過ごす ささやかな悦楽の日々


山の中の家

 毎月1回、ハローワーク、つまり職業安定所に通っている。
 失業手当を受給するためには、月に2回以上の求職活動を条件に、職業安定所で失業の認定をしてもらわなければならない。
 給付期間は11か月なので、本来は今回の報告で給付終了となるのだが、担当者から「個別延長給付」という制度の話があった。諸般の事情で再就職が難しいと認められた者には、給付日数が延長されるという。日数は30日だそうだ。つまり30日分多くもらえるということだ。
 担当者から「適用されますか?」と聞かれたが、断る人がいるのだろうか。
 だがそれよりも気になったのは、延長に該当する者として3項目が挙げられていて、その中の「雇用機会が不足する地域として指定された地域に居住する方」という一項だった。住んでいる所がその「指定された地域」に該当するのだろうか。
 訊いてみたら、笑って否定された。「指定された地域」とは、どうやら人里遠く離れた僻地のことらしい。

 以前、そばと天ぷらがうまいという評判を聞きつけて、ある山あいのそば屋に車で出かけた。
 その地域にはそば屋がほかにも何軒かあったが、その店が一番人気があるようだった。
 すでに先客が大勢いて少し待つことになった。指定された時間までに店に入ればよいと言われたので、店の周囲をしばしそぞろ歩いてのどかな風景を楽しむことができた。
 そばも天ぷらも評判通りで、ボリュームもたっぷりなうえに安かった。
 時間があったので、店を出てから車を山の奥へと走らせてみた。
 道はうねりながら上り、道幅も次第に細くなっていった。やがて車がすれ違えないくらいの林道になった。左側の木立の間から水の流れる音が聞こえていたが、それもまもなく遠ざかり、道を確かめるために車を止めるとたちまち深い静寂に包まれた。
 さらに車を進めると、道の両側は針葉樹の森林で閉ざされるようになった。
 そのうち不意に、杉の木立の中に、細い木漏れ日を浴びた一軒の民家が現れた。別荘などではなく、ごく普通の造りの民家だ。人の姿を認めることはできなかったが、窓や戸は閉て切っていなかった。家の前に赤い郵便受も立っていたので、誰かが住んで生活していると思われた。
 道を外さないように、慎重に車を走らせる。
 森林がしばらく続いたあと、また同じような民家が現れた。やはり人の姿はない。そんな民家を、その後数軒見ることができた。
 こんな山の中に住む人はどんな仕事をしているのだろう。山を少し下ったところに大きなセメント工場がいくつかあったが、そこで働いているのだろうか。あるいは杉の伐採などの林業などに従事しているのか。それとも普通のサラリーマンか商店の従業員として、麓の町まで毎日車で通勤しているのだろうか。買い物はやはり町まで行くのか。急病人が出たらどうするのだろう。夜など怖くはないのだろうか。楽しみは何だろう。そして生き甲斐は…。
 好んでこんな場所に家を構えているのか、先祖からの土地に住み続けているのかわからないが、自分が同じ境遇に置かれたらどうだろう。一人でいることは苦にならないし、住んでみれば不便にも慣れてしまうと言われるが、ずっと生活してゆく自信はなかった。
 ハローワークで「指定された地域」の話を聞いた時、頭に浮かんだのがこれらの民家だった。

 失業給付が延長される理由が、地域的なことでないのはわかった。それなら理由は何か。
 3つの項目のあと2つは「安定した職業に就いた経験が少なく、離職又は転職を繰り返している、受給資格に係る離職の日において45歳未満の方」と「受給資格者の方の知識、技能、職業経験その他の実情を勘案して、公共職業安定所長が再就職支援を計画的に行う必要があると認められる方」だ。
 前者は職歴も年齢も当てはまらないから該当しないが、後者だとしたら「知識、技能、職業経験」が疑われているわけで、少しは当たっているかもしれないが看過できないことだ。さらには、いわくありげな「その他の実情」の具体的な中身が伏せられている。最も重要なことが「その他」に括られてしまうのはよくあることだ。この場合でも、その内容によっては失業者のコケンに係わる由々しき事柄だ。
 と、あとになって思い返してみると、確認しておけばよかったと後悔することが少なからずある。まあ実際のところは、何を言われるか怖くて聞けなかったのだが。