心の鉦を打ち鳴らし

心の赴くままに過ごす ささやかな悦楽の日々

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チョコレートの思ひ出

 日光の温泉施設で買ってきたキットカットを食べてみる。イチゴのとちおとめのキットカットだ。キットカットはいろいろな種類があるようだが、これは箱にも「栃木土産」とあるように、栃木県限定のバージョンらしい。限定品はやっぱりひと味違う。
 と思っていたら、地元のドラッグストアのセールコーナーで、大きな袋入りのとちおとめキットカットが山積みされているのを見つけた。「栃木土産」とは書いていないが中身は同じだろう。

 特にチョコレートが好きというわけではない。あれば食べるし、なければないでどうということはない。
 しかし子供の頃は、誰もがそうだったようにチョコレートが好きだった。人並み以上に好きだったかもしれない。虫歯が一時期13本あったのも、チョコレートをたくさん食べたのが一因だろう。
 当時よく食べたのが「マーブルチョコレート」だ。カラフルなコーティングが施された平たい粒状のチョコレートで、細長い円筒形の紙箱に入っていた。
 ふたを開ける時にポン!と小さな音がする。箱を傾けて中身を手のひらに出す時、何色が出てくるか当てるのが子供らしい楽しみだった。
 コマーシャルソングの「♪マーブルマーブルマーブルマーブルマーブルチョコレート。七色なないろそろったかわいいチョコレート」からすると七色あったのだろう。
 チョコレートの外側が厚めの糖衣なので、特に寒い時期などはやや固く、歯触りはあまりよいとは言えなかった。噛んで半分にすると、ささくれたチョコレートと、それを包む糖衣の断面がくっきりと現れる。
 子役タレントの上原ゆかりがキャラクターで、テレビのコマーシャルにも出ていた。女の子らしいおだんごの髪型だったが、同じくらいの年頃なのに、すらりとしてずいぶん大人っぽく見えた。
 だがネットで調べてみたら、YouTubeにコマーシャルの映像があり、上原はすらりともしていない小さな子供そのものだった。
 価格もネットでわかった。30円だったようだ。当時母親から支給されていた1日分の小遣いは10円だったので、お菓子としては高額だったのかもしれない。

 マーブルチョコレートではないが、道に落ちていた板チョコを拾って食べたことが何度かある。
 包装が傷んでいても、中身はなんともなく甘いものがあれば、真夏の炎天下で溶けかけて妙な味のするものもあった。
 進駐軍にチョコレートをねだった世代ではない。子供時代を過ごしたのは昭和30年代後半から40年代前半だ。にもかかわらず、チョコレートは拾ってまでして食べた。後ろめたさや恥ずかしさを覚えた記憶はない。裕福ではなかったが、特に貧しかったというわけでもない。まだそういう時代だったのか、そういう子供だったのか、今となってはわからない。
 チョコレートではないが、「ライオネスコーヒーキャンディー」もよく拾った。コーヒーを素材にして、子供から大人までを対象に開発した商品らしい。だが、コマーシャルでリスが食べていたので、そんな高級なキャンディーとは思わなかった。

 マーブルチョコレートは現在も販売されているらしい。1961年の発売というから今年で56年になる。