心の鉦を打ち鳴らし

心の赴くままに過ごす ささやかな悦楽の日々

心の鉦を打ち鳴らし
心の赴くままに過ごす ささやかな悦楽の日々


カフェと勉強と編み物と

 隣町の大きな書店に、母親にあげる本を探しに行く。
 母親は車椅子の生活で、数年前から老人ホームに入っている。しばらく風邪をひいていたのだが、よくなったと思ったらぶり返したらしい。きのう、かかりつけの医者に診てもらった。寝込むほどではないが、施設の部屋からあまり出られそうもないので、無聊の慰めに本でも読んでもらおうと思った。

 その書店にはカフェが併設されていて、コーヒーを飲みながら書店の本を持ち込んで読むことができる。
 しかし、席数がそれほど多くはなく、客も本や雑誌を読んでいるのでなかなか空かない。書店なのでそういう客が多いのは仕方ないが、そうではなく、ノートと教科書を広げて勉強している学生がいる。編み物をしている女性もいた。彼らは自分一人だけの時間に延々と浸り、没頭している。
 勉強や編み物が悪いというのではない。店側も勉強や編み物を特に禁じていないようだ。だが彼らに言いたいのは、場所柄と状況を考えろということだ。
 店がいているならよい。だが、席がくのを待っている客や、あきらめて帰ってしまう客が何組もいる。町なかのカフェでもそんな光景はしばしば目にするが、ここは書店の中のカフェだ。多くの客は本を購入するために、あるいは購入に至らずともよい本を探すために書店を訪れ、カフェで目を通す。カフェは学習室のある図書館でもなければ、長居の許されるファミレスでもない。勉強と編み物の彼らには、そういう良識がないのだろうか。周囲のそんな状況が気にならないのだろうか。自分にはそんな中でゆっくりコーヒーを啜るほどの度胸はない。

 書棚から数冊をカフェに持ち込み、花の図鑑の1冊を選び、コーヒーを1杯飲んで店を出た。