心の鉦を打ち鳴らし

心の赴くままに過ごす ささやかな悦楽の日々

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面接試験の傾向と対策

 前回は選択問題の「傾向と対策」について書いた。
 今回は面接試験の「傾向と対策」について書こうと思うが、前回同様、実際の試験の傾向と対策にはならないだろう。重要な試験を控えている方は悪しからず了承されたい。

 面接試験というものが苦手だった。たいそうな志望動機などありもしなかったし、自己PRとはいえ自分のことをペラペラしゃべるのは恥ずべきことと思っていた。模範解答を真似ようとしても実感が伴わないから浮ついたものになる。面接のマニュアルにはありのままの自分を見てもらおうなどと書かれていたが、ありのままの姿を曝せば落ちるとわかっていたので、そんな本音が見透かされはしないかとびくびくしていた。そして言わでものことを口走るはめになる。前回触れた出版社の面接試験がそうだった。
 
 出版社から筆記試験が通ったという連絡があったが、別の日に受けた新聞社からも、筆記試験の通過を知らせる連絡が前後してあった。そして両社の面接試験は同じ日だった。
 考えた結果、出版社を受けることにした。新聞社の方が忙しそうだったからだ。
 ずっとあとになってビートたけしらが乱入した出版社だ。
 面接官は4人か5人だったと思う。そのうちの1人は明るい色のツイードのジャケットを着ていた。椅子にやや斜めに座り、しゃべり方もラフでくだけた感じだった。ほかの面接官はスーツ姿で、きちんと正面を向き、話し方も慇懃だった。ジャケットの人だけが総務とは別の部署から来たのだろうか。
 それに対して、面接を受ける側は2人だった。一緒になった相棒は、メガネをかけた顔色の悪い関西の学生で、体に合わないよれよれの地味なスーツを着ていた。面接の前に少し言葉を交わしたが、話し方も陰気で弱々しいものだった。こいつなら勝てるな、と思ったのがそもそもの間違いだったかもしれない。面接官に自己紹介の挨拶をした時点で意表を突かれた。相棒の態度は堂々としたものだった。ズルいと思い、遅れをとったとも思った。
 そして相棒の受け答えは完璧だった。何をもって完璧とするかわからないが、一つ一つが完璧に思われた。
 希望職種は2人とも校正だった。なぜ校正を希望するかとの質問に、相棒はこう答えた。
「出版や編集の仕事は独創性が要求されるが、自分の独創性などたかが知れている。だから、決められルールに則って、ミスを犯すことなく、ルールの枠内できっちり結果を出すような仕事が向いている。校正の仕事はそんな自分に合っている」
 とりわけ「たかが知れている」という文句は驚きだった。そんなネガティブで客観性を極めたような自己評価は、それまで聞いたことも読んだこともなかった。それはむしろ独創的だった。面接前とは打って変わって、その声はよく通り、話し方も自信に満ちていた。
 それに引き換え、自分の受け答えはありきたりで陳腐なものだった。空々しい言葉を発している自分が自分でないように思われた。支持政党を訊かれた時、知りもしないのに「自民党です」と答えた。なんと意味のないことを言っているんだろうと思ったが、このあたりまでに正常な判断力が麻痺していたようだ。面接官が苦笑したように思う。
 そして最後に、ほかにどこかマスコミを受験したかと訊かれた。新聞社の名を答えたのに続けて、何を血迷ったか「本当は受けたかったんですけど」と付け足した。
 面接官の凍りついたような沈黙の意味に気がついたのは、「よろしくお願いします」とそれだけは朗らかに言って一礼し、部屋を出てしばらくしてからだった。
 面接の結果は前回にも書いたが、これだけで明らかだろう。
 翌年だったか、その時の校正の試験の合格者数と出身大学が公にされた。合格者は2名で、うち1名の出身大学は相棒の大学だった。

 面接が終わり、その出版社のトイレで用を足していると、隣におそらく総務課の人が来て立った。面接官ではない。「〇〇さんですね」と声をかけられ、ほかにどこを受けたかと、面接と同じことを訊かれた。男の連れションはしばしば気ごころが通じ合う行為だが、その時面接での顛末を打ち明けていたらどうなっていたかと思う。
 とんでもないことをわめき散らしてしまいました、前代未聞でしょう、皆さん唖然としていましたよ、怒っているでしょうね、などと素直に告白していたら、おもしろい奴だと思われて、もしかしたら違う結果になっていたかも、というのはムシのよい空想か。
 しかしその時は、そんな大胆なことを口にする気力はなかった。 
 もう40年近く昔のことだが、今思い出しても恥ずかしくなる。