心の鉦を打ち鳴らし

心の赴くままに過ごす ささやかな悦楽の日々

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心の赴くままに過ごす ささやかな悦楽の日々


「あがる」ということ 2/5

 最後に勤めていた会社では、毎週月曜の全体朝礼の時に、社員1人がスピーチをすることになっていた。 
 始業15分前までに、社屋の使われていないフロアに社員が集まってくる。そこはほぼ朝礼だけのための場所になっていた。机も椅子も置かれていない。
 社長ほか取締役らに向き合う形で社員が整列する。そして全員の「おはようございます」で朝礼が始まる。
 初めに各部署から、その週の予定などの業務連絡がある。だがこれはすぐ終わってしまう。そして早くもスピーチになる。順番で決められていた1人が指名され、前に進み出てスピーチを始める。
 テーマは最初の頃は自由だったが、のちに仕事に関連するものと限定された。時間は3分。

 何百人という大企業ではない。たかだか数十名の中小企業だ。それでも全員の前で改まって話をするのは、社員の誰もが苦手とするところだった。少なくとも楽しみにしていた者はいなかったはずだ。
 およそ半年に1回くらい順番が回ってくるが、月曜のその日が近づくと体調を崩す者もいたらしい。仕事にも日常生活にも支障が出て、たまりかねて上司に相談したという話を聞いたことがある。順番から外れることはなかったので、なだめすかして説得されたのか、却下されたのか。

 慣れない者のスピーチはその個性を、とりわけ短所を如実に反映したものになった。
 話の内容に一貫性がなく、何を言いたいのかわからないというのはザラだった。どこかで読んだか聞いたかした話をそのまま話すだけで、やはり言いたいことがわからないというのも多かった。
 話の途中であとが続かなくなり、時間が止まったような長い沈黙で、聴いているほかの社員までをも重苦しい気分にさせる者がいた。
 何も準備をしていなかったのか、10秒そこそこで終わらせてしまい、翌週にやり直しをさせられた者がいた。
 逆に延々と話し続け、早く終わらせろと、総務の司会に身振りで注意される者もいた。
 気の小さい者は消え入るような小さい声になり、気づかぬうちに話が終わっていた。

 順番はあらかじめリスト化され、パソコンの共有ファイルにアップされていた。最初のスピーチの時もそうして自分の番を知ったが、それはまだ少し先のようだった。
 だが、うまく話せないだろうことはわかっていた。何の訓練も準備もなしに臨めば失敗することは目に見えていた。そんな醜態を社員全員の前で晒すわけにはゆかなかった。
 スピーチの能力が社員としての能力のすべてとはむろん思わなかったが、わずか3分のスピーチの出来如何によって、社員としての能力のかなりの部分が判断されると思っていた。自分の担当する仕事がどんなに評価されていたとしても、大勢の前で堂々と話すことができなければ、そんな評価はたちどころに地に堕ちるだろうと考えた。少なくとも舐められるだろうと恐れていた。それは耐え難いことだった。
 ほかの社員と心安く親しむことができれば、そういうふうに身構えることはなく、だから気苦労もなかっただろう。だが仕事は和気あいあいとするものではない。そんなあり方は時に馴れ合いを生み、言いたいことも言えなくなる。仕事の弊害とさえなるものだ。
 仕事と親睦の両立はできない相談だった。それなら親睦をあきらめるのは当然だろう。たとえはっきりとした物言いが不躾ととられ、打ち解けたところがないと思われても、それはそれで仕方がないと思っていた。これは同僚や部下に対してだけでなく、上司に対しても同じだった。
 べつに野心的な社員だったわけではない。だが仕事を第一に考えれば、周囲との間に距離を置き、自分自身を高く持する必要があった。弱みを見せてはならなかった。たかがスピーチでもおろそかにできなかったのだ。

 朝礼のスピーチでうまく話せないだろうと思ったのは、過去のスピーチでそういう失敗があったからではない。スピーチではないが、人前で話すことの緊張感を覚えていたからだ。
 記憶はずっと過去に遡る。